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美術館にアートを贈る会   お問合せは info@art-okuru.org
佐野吉彦児玉靖枝さん
第1回インタビューは当会発起人のお一人で、現在副理事長の田中恒子さんにお話をうかがいました。
文化は心の栄養。
市民はもっと美術館の企画に関わろう。
Q. なぜこの会の立ち上げに参加しようと思われたのですか。
A. この会をそもそも立ち上げようと思われたのは八木光惠さんです。
彼女は当時しばらくご主人の仕事の関係でアメリカに行っておられたでしょ。そのときにアメリカのパブリックの考え方が日本と違っていて、「官」ではなく「公」であることを知られたそうです。市民自らが立ち上がってさまざまなアクションを起こすのが「公」。日本の美術界ではあまりにもそういう動きがない。今でこそNPO的な動きはありますが、彼女が帰国した2003年頃には何もありませんでした。そこで、身近な人たちにそういう運動をしませんか、と声をかけられたんです。
Q. 美術館の企画に市民としてもっと積極的に関わっていこうという呼びかけに賛同されたんですね。
A. はい、ちょうどそのとき私が思っていたことと合致したんです。私の生きてきた道筋にぴったり合うと。
私は長年国立大学の先生として働き、また一方ではアートコレクターです。
私は作品というのは3つの権利があると思っています。コレクターには物的所有権があり、作家には知的財産権があり、国民には鑑賞権がある、と。
私は長年現代アートのコレクターとして生きていて、国民のために何かできないかとつねづね思っていたので、八木さんの呼びかけがすごく胸に響いたんです。
Q. で、実際にはどんなことをされてきたのですか。
A. 最初の課題は「美術館は誰のものか」でした。美術館(特に公立)はキュレーターのものなのか、行政のものなのか、あるいは市民のものなのか。
Q. 市民の意識の中には美術館の企画に関われると思っている人は少ないかも知れませんね。
A. でも、市民も参加できるんです。市民だって、こんな作品をもってほしいと思ってる人もいるんです。こんな企画をしてほしいと思ってる人もいるんです。市民は公立美術館の主権者としてもっともっと発言していいと思います。
Q. そういう声を受け止める美術館はないのですか?
A. 最近ではそれを実践している美術館もすでにできてきました。静岡県立美術館などです。
常設に持っているリストを全部県民に公開して、その県民が投票をしています。第一位、第二位がこの作品といった作品の人気リストがあります。それらを運用していくような展示を考えています。そうするとものすごく身近になるでしょ、県民にとって。親しみを持つから来館者が増える。双方向的な美術館運営というのを試みておられるんですよ。
Q. 市民がどう関わっていくか、ですね。
A. その通りです。私たちが美術館に積極的にアートを贈っていくと、その美術館は刺激を受けます。「こういう作品をもってもらいたいと市民は思っているのか」と気づきます。すると学芸員が作品を購入したり、あるいは企画を立てたりする際に、市民にとって美術館の果たす役割を考えるきっかけにもなるのでは?そして、文化はなくても人は生きていける、なんていう貧しい意識の自治体もありますが、文化は心の栄養なんです。その意識改革にもつながるといいなと思って。
Q. 1回目の寄贈は何ですか。
A. 藤本由起夫さんの「HORIZONTAL MUSIC」でした。西宮市大谷記念美術館に展示されたときには、贈った人全員の名前をとても大きなキャプションで書きました。それを見た人が「ああ、美術館にアートを贈ることってできるんや」という発見をしてくれたらいいなと思って。
Q. 現在は2回目の寄贈プロジェクトが進んでいますね。
A. はい、和歌山県立近代美術館に栗田宏一さんの「ソイル・ライブラリー/和歌山」を寄贈する予定です。
Q. そう言えば、和歌山県立近代美術館に田中恒子さんのほとんどのコレクションを寄贈されるのですよね。そのきっかけは何だったのですか。
A. 2007年3月のこの会に、和歌山県立近代美術館の浜田さん(当時学芸課長)が来られてお話を聞かせていただいたのが大きなきっかけです。とても誠実な人だと思いました。さらに8月にこの会のバックヤードツアーに参加したときに惚れ込みました。浜田さんの仕切りかたがとてもよかった。明快でした。それから館の方針のひとつが「関西の前衛」。私のコレクションが活かされるテーマだと思ったんです。
もちろんそれまでに何回も展覧会を見に行ってましたよ。建物の内部がいいな。何人も知っている学芸員の人がいて、その人たちもいいな。空間も人もすごくいい。そんなときに自分の個人的な事情に大きな変化があってコレクションの寄贈を考えるようになりました。そこで今年の1月に作品調査に来てもらいました。そのときの浜田さんの手際の良さ!実にてきぱきしてはる。仕事のできる男や。一目でほれました。いまだ。これ以上迷ったらあかん。あとにしたら作品をもっていたいと思うだろう。迷いを残すよりも、すっきりと作品ときれいに別れようと思ったんです。
Q. 潔いですね。これから美術館にアートを贈る会をどのようにしていきたいとお考えですか。
A. 会員制度をスタートさせたいですね。「私は美術が好きよ」というアートラバー(アート大好き)の人たちにどんどん参加してもらって、単に個人的ラバーだけでなく、パブリックにもラバーになってもらいたい。そうすることによって「美術館って誰のためにあるの」と考えるきっかけにもなるし、「美術館の企画って関係ないわ」と思っている国民、県民、市民が美術館と新たな関わりを持てるようになると思います。

2008年10月19日
田中恒子 プロフィール
当会の副理事長。大阪教育大学名誉教授。
住居学の研究者であると同時に、現代美術コレクターとして、コレクションとともにあるご自身の住まい方を楽しんでおられます。
田中さんは特に若い作家たちの才能の輝きを見つけ、応援をおしまないコレクターさんです。インタビューでも話されている通り、今年、ほぼ全てのコレクションを和歌山県立近代美術館に寄贈されました。築かれたコレクションは公の財産として、これから永く多くの人々が楽しむことになります。
今秋(2009年9月8日 - 11月8日)には同館にて、田中さん寄贈作品による展覧会「自宅から美術館へ:田中恒子コレクション展」が開催されます。 
取材後の感想
長年大学の先生をされていただけあってとても優しい笑顔が魅力的でした。大学のお母さんと呼ばれていたのがよくわかります。でもその一方で、1本筋の通った生き方には背筋が伸びました。学生時代は絵描きになりたかった田中恒子さん。いまは現代アートをこよなく愛され、パプリックの視点でアートや美術館と関わることをこの会で推し進めようとされています。(インタビュアー 奥村恵美子)
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